――だから夢なんか、大嫌い。

一人の女性が、ぽつりと漏らす。

その声は誰に聞こえる訳でもなく。

静かに静かに、目を閉じる。

眠りにつけば、人々は夢を見る。

それはどんな夢?

私が見る夢は、きっと――











 珍しい、としか言いようがない。
だって、彼がこうなるなんて。


「リミット。最近疲れてるのでは……」


 リシュアが呟く。
視線の先には、ベッドで寝込んでいるリミット。
けれども彼は、迷惑なようで。


「ほっとけよ。……お前には関係ねぇ」


 静かにこう言い放った。
しかし、それが逆にリシュアを心配させてしまうのだが。


「でも心配ですし……」


 案の定、ため息混じりに言うリシュア。そんなリミットは更に布団を深くかぶる。


「……それにリミット――」
「もういいっ!あっちいけ……!」


 リミットは、いきなり叫んだ。
それに驚き、リシュアは少しむっとして


「そうですか。なら出ていきますよ。もう知りませんから」


 と足早に部屋を出ていった。
リミットはそれを彼女に気付かれないように確認し、布団から起き上がる。


「そんなに気にしなくたっていいっての……」


 そっと呟いて、ため息をついた。途端に咳込むリミット。反射的に額に手を当てる。


「……でも俺にしてはなんか……」


――本当に、調子が変だ。
そんな事を考えていると、頭が痛くなってきた。
何か身体がだるい。
段々気持ちが悪くなってくる。
目が回るような。何かに溺れていくように。
一体これは……そう考えていると、次第に吐き気を覚える。
そしてもう一度布団に潜った。
それでも吐き気はおさまらない。
何か嫌な感じがする。
まさにそんな時だった。


「……こんにちは」


 聞き慣れない女性の声がした。リミットは布団からゆっくりと顔を出す。


「はじめまして。私は……」


 そこにいたのは。


「_____」








――リシュアが再び部屋に入ったのは、それから数時間後の出来事。




【dream-1.1】
…私だけの夢を見る
-Are you sleepy?-



 それはもう、後悔だらけだった。
どうしてあんな事を言ってしまったのだろう。
リシュアは先程の言動に反省していた。
もともと、リミットは熱気味だったのだから、少し大目に見てやってもよかったのだ(まあそれ以外にも理由はあるのだが、これ以上は彼女が激怒するだろう)。
どうしてだろうか。あまりにも素直でなかった自分がおかしい。
彼女がこんなになるまで後悔することなんて、ほとんどないというのに。
仕方がない。とりあえず謝ろう。彼の事だから、きっとすぐには許してくれないだろうが。そういう自分も、自分から謝るようなタイプではないことを重々知っている。
なんと声をかければいいのか。
もしくは何も言わずに部屋に入ろうか。いや、それだと彼は更に怒るだろうか……。
とにかく。今夜はシチューを作ろう。彼の大好物だ。
そんな事を思いながら、リミットが寝ている部屋の前に来る。
軽く深呼吸をしてから、リシュアはゆっくりとドアを開けた。


「……リミット、先程は――」


 最後まで言えなかった。
リシュアは目を疑う。

 荒らされた部屋。

 壁についた無数の傷跡。

 リミットは、いない。


 まるで、誰かと誰かが戦っていたかのように。

それは先程の光景とは、あまりにもかけ離れていたのだから。

リシュアは困惑してしまった。先程のめちゃくちゃな思考のせいもあってか、うまく頭が回らない。

彼が部屋を出ていった可能性はあるが、だとしたらこの状況はどう説明すれば――


『きゃはははははッ!』


 突然、笑い声がした。
リシュアはとっさに天井を見る。そこに、いた。
純白な翼を持ちながら、その姿は何だか歪んでいるような。
天使みたいな悪魔。


『ボクちんはぜぇーんぶ見ていたよ?』


 くすくすと、先程より落ち着いたように、“それ”は笑う。
……全部、見ていた?


『それは全てさ!彼がとある女とどこかに行っちゃったとかね!あはは、面白いねー』


 誰かと、何処かに行った?

 いや、あり得ない。リミットが気安く、他人と行動をとるなんて。
彼の人間への不信さは彼女もよく知っている。
しかし“それ”は続ける。


『あれが本人の意思であったかどうかは疑わしいけどねー何だか調子悪そうだったし、あの子は』


……どういう事なのか。
段々リシュアは苛々してきた。この状況に、この感情に。


『うん、だから無駄だよー。キミが彼を求めようとするのは――』


 “それ”は途中で言葉を切る。リシュアが刀を“それ”に向けたからだ。表情こそ変わらないものの、その目は怒りを示しているようにも見える。
そんな彼女に、気圧されることもなく、“それ”は、嘲笑うように、こう言い放つ。


『なあに?このボクちんに刃を向ける気なのー?』
「貴方は誰ですか?一体何を知っているというのですか――!」


 リシュアが問いかける。
“それ”は如何にも、待ってました!というように。


『ボクちんはウィティカっていうんだー!天使でも、悪魔でもないんだよ?ボクちんが知っているのは――』


 次の瞬間。
“それ”――ウィティカは、突然大声で笑い出した。


『きゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――!』


 それは何だか、気味悪い感じ。
全てを、全て破壊しつくしてしまうような……恐ろしく不安な感じ。

 まるで先程リミットが感じた感情のようだとは、彼女は知るはずが無いのだが。

 リシュアは若干怯むが、とうとう刀を振りかざす。

 しかし。


『ボクちんを傷つけようなんて無駄だよ!だってボクは“矛盾”の塊なんだからさああああああああ!!』


 そう言った途端、ウィティカは弾けた。

光の粒子が散りばめられる。

きらきらと、流れていくように。しかし、綺麗とは全く思えない。

そうして、ウィティカは消えて行った。

予想外の出来事に、リシュアは恐怖を覚えるほかなかった。

今のは何だったのだろうか。

分からない。分からないが、

……何かが、あったのだ。

彼女の頭は、ついに爆発寸前だった。







 ラックが復唱する。


「リミットが消えた?」


 あれからリシュアは、リビングにいたラック達にこう話した。
リミットの事、ウィティカの事――

 手に抱えた袋から、ポテトチップスを一枚取り出して食べるラック。続けてジャンが勝手に袋に手を突っ込む。ラックが何とか回避しようとしているが……聞く気があるのだろうか。


「……それ、本当?」


 魔導書らしき分厚い本を読みながらもマッチが問いかけ、リシュアは無言で頷く。
しかし、その仕草はいつもの冷徹な彼女ではなく、かなり不安そうにしている普通の女性にしか見えなかった。
どうしたのだろう。彼女がこんなに取り乱すなんて。

 そんな様子を見て、柳尉が口を開く。


「……ウィティカが関係してはいないのか?」


 それは何だか、その“イカレた存在”を知っていると言いたげな発言。しかしそれに気付いたのはリシュアとマッチだけ。
ラックは未だにお菓子をあさっている。


「……柳尉は知ってるの?その……ウィティカとかいう」


 マッチが話を振ったが、柳尉はただ何も言わずに、目をそらしただけだった。
マッチは疑問を浮かべながらも、今度はリシュアに向けてこう言う。


「……他には何か無かったの?」
「そういえば……戦った形跡もありました」


 リシュアの発言に、若干首を傾げるラック。それでもポテトチップスを食べ続ける。


「ふぅん……」
「……なんか引っ掛かるなあ」


 ポテトチップスをたくさん口に含みながらも、ラックを思考を巡らす。


「まさか誰かが連れ出したとか」
「誰がですか」


 リシュアに突っ込まれ、ラックは思わずううんと唸る。
その様子をみて、隣でジャンが、軽い気持ちで――本当に軽い気持ちで、こう呟いてしまった。


「誘拐でもされたんじゃねー」


 一瞬の間。そして。

――誘拐!?

 ラックとテンと柳尉、そして発言者のジャンを除く、全員が叫んでいた。その大きな声に、ラックは椅子からころげおちそうになった。テンは耳を塞いでいる。
柳尉は動じていないように見えるが本心はわからない。
ジャンがあまりの反応に、少し腰抜け気味だ。そして自らの発言に後悔する。
ミラムやプリュも不安そうになるし、ディカノやマッチ辺りもなんだか考えている。
しかし、その中でも明らかにリシュアの様子がおかしい。


「……そんな、そんなはずはありません、よ……」


 ここで、やっと明らかになった。珍しくリシュアは動揺しているようなのだ。視線がどこか泳いでいる。ラックが彼女の目の前で手を振ってみる。
しかしそれには気付かれたようで、すぐに払われた。
ちょっと不思議そうな表情になるラックだが、すぐに再びポテトチップスを口に放り投げる。
そして開き直ったように


「……だよねーリミットのことだし」


 と呑気そうに呟く。なんて適当な。


「そりゃあ……リミ君を狙うなんて変わり者ね。普通ならマッチ君辺り狙うわよ」
「なっなんで僕なのさ!」
『お前は頭がいいからじゃないか?』


 ミラムが茶化すようにマッチに囁き、ディカノは頷く。
それが効いたのか、他の人も何だか落ち着きを取り戻したようだ。
そんなわけで、ほとんどそういった空気は吹き飛んだ……はずだったのだが。


「リシュア、おまえなんだか、かおいろわるいぞ?」


 今までずっと黙っていたユメが、ふとこう漏らした。

 はっとして、全員がリシュアをみる。
突然、彼女はその場から逃げるようにして、外へ駆け出した。
皆が彼女の表情をよく見れないまま。


「……やっぱり何だか、おかしいよ」


 マッチが小さく呟くと、皆もそれに頷くのだった。



 





「夢は続く、どこまで続く?」

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